6月18日(日)曇りのち晴れ
午前11時
駅裏のロータリーにて待ち合わせ。
モト君が車で来るのを待っているところ。
めびな:やっぱ、どうしても父の日に花を供えたいなんて言って、
日曜に仕事を休ませるなんて悪いことしたかなぁ・・・。
あの仕事って、日曜日が一番忙しいって言ってたもんな。
そう言えば、お父さんもいつも仕事で、日曜日に一緒にどこかに行ったことなんて、
なかったな。
・・・・・・あ、白のパジェロ。
あれかな、モト君の車。
宮古:ヒナ、お待たせ。
めびな:ふ〜ん、これが今の車なんだ〜。
パワーありそうじゃん。
宮古:早く乗れよ。
ここに停めてるとタクシーの邪魔になるから。
めびな:なら、ドア開けてよ。
あたし両手ふさがってるんだから。
宮古:・・・・・・はいはい。
ちょっと待て、シートベルトが・・・・・・よし。
(ガチャッ)
ほれ、早く乗りなさい。
めびな:うん。
宮古:じゃ、行くぞ。
めびな:モト君の車に乗せてもらうの、ホント、久しぶりだね。
ねね、もっとスピードでないの?
宮古:出さないの。
それにしても、その薔薇の花束、すごいな。
海に流すんだろ?
めびな:そうなんだ。
今朝、庭で摘んできたの。
宮古:・・・園長が育ててた薔薇か。
めびな:うん。お父さんの薔薇。
もうだいぶ散っちゃったけど、まだちょっと残ってて。
お供えするのに、これ以上の花はないでしょう。
宮古:ああ。
それにしてもその薔薇、香りきついな。
車の芳香剤が負けてるよ。
薔薇の香りってそんなに強かったっけ?
めびな:強いんだよ。
お花やさんで売っている薔薇のほとんどは
切り花にしても日持ちがするよう品種改良されてるんだけど、
その薔薇はほとんど匂いがしないの。
これが本来の、ホントの薔薇。
宮古:へぇ〜。
めびな:ぶふふっっ。
ねえちょっと、モト君。
って言うことはさ、薔薇の花、買ったことあんの?
宮古:俺が買ったわけじゃないよ。
買うのに付き合っただけ。
めびな:だれに?
宮古:彼女。
めびな:あ・・・・・・。
カノジョ、いるんだ。
宮古:いるよ。
めびな:まあ、・・・別にいいけど。
ふぅ〜ん、そっか。
モト君でも拾ってくれる人がいて良かったじゃん。
宮古:ヒナ、お前はどうなんだよ。
昔は髪が黒くて銀縁メガネしてマジメそうだったのに、
なんか金髪になっててさ。
あんまり変ってて、最初誰だかわかんなかったぜ?
その甲斐あって、いい男見つかったか?
めびな:あんときはまだ高校生だったしね。
今は好きでこういうナリしてるだけ。
男がどうこうなんて、全然関係ないよ。
宮古:そういうもんか。
めびな:そうだよ、あたしはね。
それに、いまんところフリーだし。
・・・・・・・・・ねぇ、
モト君の彼女って、どんな子?
宮古:やっぱり聞くか。
めびな:え?
宮古:いや、何でもない。
う〜〜ん。あの子はなんていうか・・・・・・
よくいるじゃん、無理して個性的になろうとしている普通の子。
人と違ったことしてないと、周りに埋もれそうで不安なやつ。
めびな:・・・カノジョもそんなん?
宮古:逆なんだ。あの子はかわってるよ。
本人はそのつもりはないみたいだけど。
だから周りと違っちゃってて、それで普通になろうといつも苦労してる、
みたいな。
めびな:・・・・・・よくわかんないな。
宮古:俺も、まだよくわかんない。
めびな:どれくらいで着くの?
宮古:え?
ああ、海か?
あと1時間半くらいかな。
日曜日に走るのなんて久しぶりだから、
道の混み具合とかがわかんなくてさ。
もしかしたらもっと時間かかるかも。
めびな:じゃあ、あたし寝るね。
着いたら起こして。
宮古:・・・・・・寝ちゃうの?
いいけど、よだれでシート汚すなよ。
めびな:バーカ。
宮古:お休み。
めびな:うん。
宮古:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
めびな:・・・・・・ねぇ、モト君。
宮古:眠れないか?
めびな:2年前、二人でドライブに行ったの覚えてる?
会ったの、あれが最後だったね。
宮古:もう、・・・あれから2年もたったんだ。
めびな:なんで・・・
2年間も会いに来てくれなかったの?
宮古:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
めびな:わたしが、
あんなこと言ったから?
宮古:・・・・・・俺は
そういうつもり、なかったから。
めびな:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
宮古:ヒナは園長のお嬢さんだっていうふうにしか、さ。
だから、
どう答えていいかわかんなくて。
めびな:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
宮古:でも、傷つけるのも怖くて、
それで会わないようにしたんだ。
そうやって、時間が経てばなんとかなるだろうって。
めびな:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
宮古:卑怯なやり方だよな。
傷つけるのが怖かったのは、ヒナのことじゃなくて俺自身のことだったんだ。
・・・・・・今はそうわかるよ。
めびな:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
宮古:なんて言うか、多少でもヒナの気が済むなら
いくらでも謝るよ。
めびな:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
宮古:ヒナ?
めびな:・・・すーー・・・すーー・・・・・・・。
宮古:・・・なんだ、寝てんのかよ。
めびな:・・・すーー・・・すーー・・・・・・・。
宮古:ヒナ。
・・・・・・あの時はごめんな。
めびな:・・・すーー・・・すーー・・・・・・・。
宮古:ヒナ、着いたぞ。
めびな:ん〜〜〜、んん?
もう?
宮古:あのなー、途中渋滞に巻き込まれて2時間半もかかったんだぜ?
それをずーっと気持ち良さそうに寝やがって。
めびな:あはは。
悪い悪い。
宮古:ジュースの自販機があるから、そこでなんか飲もう。
口開けて寝てたから、のど乾いてるだろ?
めびな:開けてた?
うそ〜。
・・・・・・でも、たしかにのどカラカラだなぁ。
宮古:だろ?
めびな:あたし、生茶ね。
宮古:ああ。
めびな:・・・・・・?
あ、そうか。
お金、いる?
宮古:・・・いいよ。
俺、買ってくる。
めびな:わ〜い、ありがとー♪
宮古:どういたしまして。
めびな:・・・ここが、お父さんの死んだ海か。
なんかフツーの海なんだなぁ。
もっと、岩に波とか叩き付けてて、いかにも危険そうなところだと思ってたのに。
宮古:そうか。
そう思うかもな。
でも、そういう危険なところからは潜ろうとしないから。
まあ、ここだって天候によっちゃあ荒い波もくるみたいだけど。
めびな:お父さんが魚をとりにここに来た日は、いい天気だったんでしょう?
宮古:そうらしいな。
でも、海の危険はそれに限ったことじゃないし。
このあいだ来た時には、俺の彼女がここに潜りたいとか言い出して、
ちょっと焦ったよ。
あの子はここがどういうところか知らないから。
めびな:ここまで一緒に来て、教えなかったの?
宮古:これは彼女には関係ないことだから。
あの子にとっては園長だって赤の他人だしな。
ところで、
詳しいこと聞いてないけど、園長のタンク、空だったんだろ?
めびな:タンク?
酸素ボンベのこと?
宮古:それあんまり正しくない呼び方なんだよ。
ボンベって”bomb”て書くんだ。
つまり爆弾っていう意味が普通で、海外じゃあ誤解されやすいんだよ。
あれはタンク。エアタンクって呼んでよ。
めびな:ふ〜ん。
でもタンクだって、たしか戦車って意味でしょ?
宮古:あれ戦車に見える?
間違えないっしょ。
めびな:ああ、・・・でも爆弾には見えるね。
たしかに空港で誤解されたらオオゴトかも。
宮古:でさ、園長は結局どういう事故で?
めびな:モト君の言う通り、・・・タンクが空になって窒息したみたい。
宮古:ちゃんとバディ組んで2人で潜ってりゃ、事故は防げたかもしれないのに。
そんな基本も忘れるなんて、な。
めびな:お魚とるのに夢中になってたのかな。
この辺はサカナ多いの?
宮古:たぶんね。
養分が多い海みたいだから、プランクトンも多くて、
そのぶん水の透明度は低いけど、
それにつられて魚も集まってくる。
俺らの町の海は水が澄んでいるけど、あれは近くに大きな川がないせいと、
養分が少ないせいなんだ。だから魚影も薄い。
めびな:ふ〜ん。
だからここまで魚をつかまえに来てたんだね。
宮古:・・・・・・・・・・え?
めびな:お父さん、子供っぽいところあったから。
宮古:今、・・・・・・なんて言った?
めびな:お父さんが子供っぽいってこと?
宮古:その前。
魚を”つかまえる”って言ったよな。
魚をとるって、撮影するって事じゃなかったのかよ?
めびな:水中銃っていうの?
モリを撃つ銃。
お父さん、それを持ったままで発見されたんだよ。
宮古:・・・うそ、
だろ?
めびな:魚を獲っちゃいけないの?
だって、そのへんで釣りしている人いっぱいいるじゃん。
宮古:ちょっと昔は、ダイバーはみんな魚を突きに海に行ってたんだ。
園長が若い頃は、それが普通だった。
でも、水中銃は危険だし、周辺の漁師さんとトラブルになったりで、
ダイビング禁止の海が増えてきた。
それで、ダイビングの目的を水中撮影に切り替え、
そう新しく資格をとった人にも指導して、
それが女性ダイバーを増やすきっかけになって、
ファッショナブルなスポーツとしてブームになって、今に至るんだ。
今のダイビング雑誌って、フォトコンテストや撮影講座なんかがあって、
半分くらい写真雑誌みたいだよ。
めびな:じゃあ、お父さんって・・・・・・
宮古:海は誰のものでもない。
漁師さん達には漁業権があるけれど、
だからといって海を自分達のもののようにする権利はないんだ。
釣りをやって良くて、ダイバーが魚を獲るのはいけないなんて、
本当はおかしい。
でも、
例えばダイバーが定置網に絡まることもある。
網は水中じゃあ見えないことがあるんだ。
しかたがないから、ダイバーは網をナイフで切り裂いて脱出する。
そうしないと死んじゃうからね。
切った網は、誠意を持って漁師さんにちゃんと弁償すればいいんだけど、
誰も見ていないのをいいことにそのまま逃げるダイバーも多い。
俺らは基本的に遊びに来ているだけだけど、漁師さん達は生活がかかっている。
いい関係を続けるためには、お互いにマナーを守って譲り合わないといけないんだ。
園長のやってたことは犯罪じゃないけど、重大なマナー違反だ。
まさかそんなことをあの園長がね・・・・・・。
めびな:・・・・・・モト君。
宮古:だからバディを組まずに、一人で来て一人で潜ってたのかもしれないな。
園長だけの秘密だったんだ。
めびな:わたしも知らなかったよ、
お父さんが水中銃を持っているなんて。
お父さん、ダイビングの機材はいつも車に積みっぱなしだったから。
宮古:ああ、知ってる。
園長はメンテが済んだらすぐに車に積んでおくんだ。
思い立ったときにいつでも行けるように。
俺たちもよく誘われて、仕事の後、いっしょに潜ったよ。
俺ら現場にとってダイビング機材は商売道具だから、
水族園におきっぱなしで、車に積んでおく必要はないんだけどね。
めびな:ねえ、モト君。
お父さんに幻滅した?
宮古:・・・・・・ああ。
正直なところな。
知りたくなかったよ、こんなこと。
めびな:・・・・・・そっか。
宮古:うちに限らず、水族館ってところは、よく漁師さん達の世話になるんだ。
水族館にいる日本の魚は、ほとんどの場合は水族館で捕まえるわけじゃなくて、
漁師さんに、珍しいのが網に入ったら譲ってくれとか依頼して、
捕まえてもらうものなんだ。
漁船に同乗させてもらうこともある。
うちじゃないけど、大阪の海遊館にいるジンベイザメも
そうやって漁師さんから手に入れたものらしい。
だから園長は、水族園の職員は特に漁師さんに対するマナーを守れって、
いつも厳しく俺らに言ってたのに。
めびな:モト君はお父さんのことを買い被りすぎだったんだよ。
あたしだってお父さんのこと大好きだったけど、
モト君ほどに尊敬はしてなかったな。
だって、お父さんって家ではホント、ただのお父さんだったよ。
どこにでもいるおじさん。
昔、モト君があたしのお父さんにちょっと誉められただけで
舞い上がってるの見て、なんだかおかしかったもん。
宮古:・・・・・・いっしょに住んでいたからって、
その人の本当の凄さがわかるわけじゃない。
かえって見えないところだってあるさ・・・・・・
めびな:でもモト君、本当の姿を知って幻滅してたじゃない。
あたしは違うよ。
今日のことがあっても、あたしの、お父さんに対する気持ちは変らない。
お父さんのこと大好きだったし、今も好き。
宮古:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
めびな:この花束、海に投げるね。
宮古:・・・・・・ああ。
落ちないように気をつけてな。
めびな:大丈夫だよ〜。
あっ、そうだ。
これ受け取って。
お父さんのなんだ。
宮古:・・・ダイブコンピュータじゃんか。
めびな:腕時計みたいでカッコイイから、モト君なら似合うと思って。
まだお父さんのことをキライでなければ、ね。
宮古:キライになんかなれないよ。
でもほんとにいいの?
めびな:あたしには、お父さんの思い出の品はまだたくさんあるから。
宮古:じゃあ、ありがたく頂くよ。
めびな:・・・・・・・・・う〜ん、お父さん、かぁ
う〜ん、やっぱ違うな。
家の中じゃ、パパって呼んでたもんね。
宮古:そうなん?
めびな:うふふ。
知らなかったでしょ。
宮古:ああ。
めびな:ようし・・・・・・いっくぞぅ。
(すーーーっ)
(はぁーーーーっ)
(すぅーーーーーー・・・・・・)
パーーーパーーーッ!
パパの育てた薔薇、
こーんなに綺麗に咲いたよーー!
あたしも、
あたしもこの薔薇みたいに
素敵になれるように頑張る!
だからー!見守っててねーっ!
宮古:・・・・・・・・・・・・・・・。
めびな:えいっ(パシャン)
ふぅぅぅぅ〜〜・・・・・・。
・・・・・・ホントは、こんなところで勝手に死んじゃったパパのこと、許せないよ。
でもいつか、許せる日がくると思う。
・・・・・・・・・ね、パパ。
宮古:ヒナ。
めびな:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
宮古:俺、先に車に戻っているから。
気が済むまで、その〜〜、
めびな:・・・・・・ぅぅ、・・・・・・ん。
宮古:・・・・・・ここにいるといいよ。
じゃあな。
めびな:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
宮古:なぁ、本当にこんなとこで降ろしていいのかよ。
なんなんだよ、急に「この近くの駅で降ろして」ってさ。
俺が車でちゃんと家まで送るって。
電車だと本数少ないし遠回りだぜ?
めびな:うん。
でもいいよ。
今日はありがとう。
最後の父の日、ちゃんとできた、
・・・と思う。
モト君のおかげで。
宮古:あ、ああ。
めびな:感謝してるよ。
宮古:また、なんかあったらさ・・・・・・
めびな:・・・・・・それから、
もうあたしのことは心配しないでいいよ。
うちに電話もしないで。
・・・・・・これからあたしは一人で頑張るの。
モト君には、その邪魔をしてほしくないんだ。
宮古:え??
で、でもよ・・・・・・。
めびな:いままでありがと。
モト君のことは忘れないよ。
宮古:・・・・・・ヒナ。
めびな:・・・・・・うん?
宮古:・・・・・・あのさ、
めびな:ほ〜らぁ〜、早く行ってよ。
モト君にはもう用はないの。
バイバイね。
宮古:・・・でも、
それでも何かあったら、
必ず力になるから。
電話くれよ。
めびな:バ・・・・・・バイバイ。
宮古:じゃあ、な。
(チャッ、バタン)
(ガロロロロロロロロロロロ・・・・・・)
めびな:モト君、相変わらずだなぁ。
なんかこう、ハッキリしないっていうか。
そういう態度とられると、こっちがつらいんだよね。
・・・・・・もう、いいんだけどさ。
あ〜あ。
・・・次の電車まで30分か。
なにやってんだろうな、あたし。
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