5月8日(土)晴れ

・・・ここは一体どこなんだろう。
5日のお昼ごろ、
私を守りに来てくれたレナさんと一緒にお茶を飲んで、
レナさんの持ってきたお菓子をいただいただところまでは覚えているのですが、
そのあと「す〜〜〜っ」っと意識が遠くなって、
・・・気が付いたら見知らぬ部屋に閉じ込められていました。

あれから、どのくらい時間がたったんだろう・・・。
初めてこの部屋で目を覚ましてから今まで、何度か寝て、何度か起きました。

時計も窓もないこの部屋では、時間はおろか、今が昼なのか夜なのか、
それすらもわかりません。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

この部屋にドアは二つ。
一つはバスルームの入り口で、もう一つはとても頑丈そうなドアです。


たまき:・・・開かないかなぁ。(ガチャガチャ)
    う〜ん、やっぱ鍵が掛かっているよね。(ゲシッゲシッ)
    たまに開いててもよさそうなもんなんだけど・・・。

    
ドアが開かないかひとしきり試してみて、いい加減諦めたころ、
突然ドアが開き、私を誘拐した張本人が入ってきました。


怪盗X:お目覚め?たまきちゃん。
    朝の運動ってやつ?
    ・・・元気なのはいいけど、あんまり暴れないでくれないかなぁ。

たまき:・・・・・・ふん。
怪盗X:そうムクレなさんな。
    あたしだって、あんたのおかげで一ヶ月間も警察に拘禁されたんだからさ。
    そういやそのお礼も、そのうちしなくちゃねぇ。

たまき:・・・・・・・・・・・・。
怪盗X:まあいいわ。ヘタな事してシスターに怒られたくないし、
    あんたを連れてきたのは、そんなことをする為じゃないんだしね。

たまき:やっぱり・・・身の代金が欲しいの?
    それとも、予告状にあった「紅蘭の持ってる逸品」って、わたしのこと・・・?

怪盗X:ンフフ〜、ここに来てから、そんなこと考えてたの?
    両方、ハズレ。
    あんたには、やって欲しいことがあるんだよ。


怪盗X。
あの時やってきたレナさんは、(またもや)怪盗Xでした。
私を薬で眠らせて、ここに運び込んだようです。
怪盗Xは、自分を捕まえた私の事を少なからず怨んでいるようですが、
「シスター」と呼ばれる人物に、私に対して失礼な行為を禁じられているらしく、
ちょっと口で脅すだけで、特に何もしてきません。
私は、その「シスター」に会ったことはありませんし、詳しい事もわからないのですが、
話しからすると、どうやら怪盗Xは警察が言うような単独犯ではなく、
何人かの仲間と一緒に仕事をしているようです。

ちなみに、私が監禁されている牢屋はこんなかんじです。
窓がないからいくぶん狭く感じちゃいますけど、
それを除けば、・・・私の部屋より快適かも。
これも、その「シスター」の計らいだそうです。




怪盗X:今からシスターの所にいって、あんたに色々説明していただくから、
    失礼の無いようにね。

たまき:えっ?
怪盗X:わかった?
たまき:・・・わかったよ。
怪盗X:ふん、いい子だね。
    手錠を使う手間が省けるってもんだよ。
    ・・・それじゃあ行こうか。
    あんたにとっては、2日振りの外出ってことになるんだね。

    言っとくけど、逃げようなんて気を起こすんじゃないよ。
    どんなにあんたが足が速くても、ここからは逃げられないんだから。
    何しろ、ここは孤島で、周りは海だからね。

たまき:・・・・・・。

部屋を出ると、すぐにもう一枚ドアがあり、そこを抜けて始めて廊下に出ました。
いままでいた窓のない部屋は、なんとなく地下室のイメージだったのですが、
廊下に出て、窓から降り注ぐ太陽の光を見てはじめて、
今までいたのは地上にある部屋だったんだ、とわかりました。
ひさしぶりの陽光。
涙が出るほど目の奥が痛いです。

怪盗Xは「逃げられない」と言っていましたが、それでも、
廊下を歩きながら、使えそうな出口がないか、外に出られそうな窓はないか、
目を動かして四方を観察しました。


怪盗X:・・・どこかいい逃げ道は見つかった?
たまき:(ビクッ)
怪盗X:クスクス。まあ、頑張って探しなよ。
    一応教えてあげるけど、この辺の窓は元々開かない窓だよ。
    ・・・それにしても、今日はいい天気になったな。



窓の外は緑に囲まれ、木々の間からはエメラルドグリーンの海が見えます。
思わず紅蘭のことを思い出してしまいました。
いまごろ、こっちに戻る準備をしているところかな。
・・・わたしがいないと知ったら、びっくりするだろうな。

案内されたところは、天井がガラス張りのドームになっている大きな部屋でした。
そしてその中は、まるでジャングルみたい。
木や草が生い茂り、遠くの方では滝の水音がします。
突然、私に目の前に、優雅な足取りで女性が現れました。


シスター:はじめまして、たまきさん。
     ・・・わたくしがシスター・キルシュです。




シスター:このような所に無理矢理連れてきてしまって、
     きっと、あなたは怒っていらっしゃいますよね。
     ・・・無礼なまねをして、本当に申し訳ありません。

 たまき:え?あ?・・・はい。
シスター:しかし、無理矢理とはいえ、この度めでたく私達の仲間となるたまきさん。
     あなたには、いままで起こった事の一部始終をお話して差し上げます。
     そうすれば、私達の趣旨も理解し賛同していただけると思うし、     
     これからのお仕事もやりやすいと思うのです。
     どうでしょうか。

 たまき:どうでしょうかって・・・?、・・・なかま?
シスター:そうなのです。
     歓迎いたします♪たまきさん!

 怪盗X:・・・よーこそ。
 たまき:ちょっと待って・・・、

シスター:私達の主な活動は、窃盗です。
     めずらしい骨董品や、価値ある美術品。
     これらを専門に扱うのが彼女。怪盗ペケさん。(笑)

 怪盗X:ペケです。改めてよろしく。
シスター:ドロボウのスキルはペケさんの方が私よりもずっと上なので、
     危険も顧みず予告状を出し、あえてその姿をさらして警察の目を引きつけ、
     いつも私のことを助けてくださいます。
     彼女の盗んだものは、特別なルートを通じてオークションにかけられ、
     その売り上げは、我々の活動資金として有効に役立てられるのです。
     ・・・いつもありがとう、ペケさん。
     あなたとお仕事できる事を、毎朝毎晩、神に感謝しているのですよ。

 怪盗X:光栄です、シスター・キルシュ。

シスター:しかし、たまきさん。
     私達の真の目的は、そういった美術品を手に入れることではないのです。
     ペケさんが、その人達の持つ美術品などを盗んでいる間に、
     わたくしは、その人達の「罪」を盗んで差し上げているのです。
     もっとも、私が盗んだ「罪」のことは世間に知られたくないのでしょう。
     盗まれた方も公表せずにいるので、私達はもっぱら、
     「美術・骨董品専門の泥棒」として知られるようになりましたけれど。


 たまき:それなら、私達のところに予告状が来たのもそういうことなんですか?
     わたしや紅蘭に罪なんて・・・・、何をしたって言うんですか?
     泥棒だって、りっぱな罪じゃないですか。
     それに、私を誘拐までして!

シスター:まぁ・・・、誘拐だなんてそんな他人行儀な。
     あなたはもう、私達の仲間なのですから。

 たまき:仲間じゃないってば!
 怪盗X:こ、これ。シスターに対して、なんて無礼な・・・

シスター:良いのですよ、ペケさん。
     たまきさんは、まだなにもお知りではないのですから、
     私達の事を誤解されても仕方がありません。
     ・・・そうですね。
     ちょうど良いですから、たまきさんに彼と会っていただきましょう。
     今、彼を連れてきますから、ちょっと待っていてくださいね。

 怪盗X:かしこまりました、シスター・キルシュ。


たまき:・・・あなた、「ペケさん」だったのね。
    てっきりエックスだと思っていたのに。

怪盗X:エックスと言う呼び名は警察が間違えて勝手につけた名前だ。
    シスターがつけてくださった「ペケ」の方が、あたしは好きだな。


たまき:・・・シスターさんの言っていた、これから会う「」って誰?
怪盗X:あんたが彼に会うのは久しぶりだろうな。
たまき:それって、私の知ってる人ってこと?

そこで私は、懐かしい顔と再開しました。



 ワンパ:ウォフッ♪ウォフッ♪
 たまき:ワンパ?なんでこんなとこに居るの?
 ワンパ:ウォ?ワフルゥゥ!!
 たまき:ちょっと痩せたかな?・・・久しぶりだねぇ〜。
 ワンパ:ワフゥ!

シスター:ああ、良かった。
 たまき:・・・シスターさん。
シスター:やっぱり、たまきさんを連れてきて正解だったようですね。
     こんなに元気そうなワンパちゃんを見るのは初めてです。
     これならきっと、彼を自然に帰す訓練もうまく行くでしょう♪

 たまき:シスターさん、「彼」ってワンパの事だったんですか?
     一体なんでこの子がここに居るんです?自然に帰すって・・・。

シスター:私は先程、いままで起こった事の一部始終をお話して差し上げます、
     と、あなたに言いましたね。
     ですからまず、このワンパちゃんに会ってもらったのです。

 たまき:・・・・・・・・・。

シスター:私達は美術品も盗みますが、それはあくまで活動資金の為。
     真の目的は、不当に扱われている可哀相な動物たちを救い出す事なのです。
     特に珍しい動物は、その優先順位を高くしています。


     なぜ珍しいかといえば、彼等は国際条約で保護されているにもかかわらず、
     密猟され、違法に国内に持ち込まれ、秘密裏に飼育されているからなのです。
     これはまさに犯罪なのです。許されることではありません。


     それに、そもそも動物達は人に飼われるのではなく、大自然の中で、
     自分の力で精一杯生きるのが正しく、美しく、幸せなのです。
     にもかかわらず、人は己の傲慢さから、動物達の自由を奪う。
     それが私達の言う「罪」であり、飼い主は罪人なのです。
     ・・・高い塔に閉じ込められたかわいそうな動物達を助け出し、
     緑の野に放ってあげる・・・。
     コレ、全てドロボウの仕事なのです。

     ・・・ワンパちゃんを連れ出すのには大変困難でした。
     何しろ、敵はあの与田家なのです。
     厳重な警戒網を突破する為に、今回は活動資金の元になる美術品を諦め、
     ペケさんには、特に頑張ってもらいました。


     まず、予告状をたまきさんの家と与田家に2通出して警察を混乱させ、
     戦力を分散させると同時に、彼等の目をワンパちゃんからそらしました。
     ・・・しかし、それでいて予告状には嘘を書いていないのです。
     ワンパちゃんは与田家の秘宝であり、
     紅蘭さんの大切な物だったんですからね。

     たまきさんの家では、ペケさんに派手に動いてもらいました。
     実はペケさんのほうが、オトリなのですから。
     本当は、もっと活躍していただくはずだったのですが、
     彼女の変身があのように簡単に見破られて、
     しかも警察に捕まってしまったのは、全くの誤算でした。

     一方、わたくしの担当した与田家の方は、全てうまく行きました。
     いかにも与田家がオトリであるかのように見せかけるため、
     停電を起こし、その実何も起こってないと言う状況を作りました。
     どうやら、見事にひっかかってくれたようでした。

     そしてその裏では、真の計画が実行されていたのです。
     停電が回復したのは美術品を収めたビルだけなのにもかかわらず、
     「天国の涙は戴いた」というわたくしからの電話にすっかり気を取られ、
     そのビルの宝石や美術品ばかりを一生懸命に警備して、
     ワンパちゃんのいた檻の方は全く警備されていませんでした。


     停電の為に、普段は働くセンサーは沈黙し、カメラも止まっていて、
     電子ロックは外れたまま。
     とってもたやすい仕事でしたよ。
     
     ところが、無事ワンパちゃんをここに連れてきたのはいいのですが、
     病気でもないのに、なぜか元気がなくなってしまって・・・。
     幸いご飯は食べてくれるので、体が弱ってしまう事はなかったのですが、
     彼はいつもドームの天井を見上げて、
     寂しげにガラス越しの空を眺めているのです。
     これでは、彼を自然に戻すための訓練が出来ません。

     そこで思い付いたのが、たまきさんか紅蘭さんを連れてくれば、
     ワンパちゃんは元気になるのではないかというアイデアなのです。
     脱獄したてのペケさんに事情を話し、あなたを連れてきてもらいました。
     案の定、たまきさんを見た途端にワンパちゃんは元気になってくれて、
     わたくしとしても、幸せな限りです。

     

 たまき:・・・そうか。
     あの15日にあったジュディさんからの電話は、
     ワンパの事が聞きたかったんだ。
     もしかしたら、万が一にでも、ワンパがうちに来ていたりしてないか、そのことを。
     可哀相なジュディさん。
     ・・・ねえ、ワンパ。

 ワンパ:ウルルゥ。
 たまき:ジュディさんはワンパの事を、きっとすごく心配しているよ。
 ワンパ:ウフゥ。

シスター:元の飼い主であった与田ジュディの罪は、己のエゴのために、
     ワンパちゃんを閉じ込め、彼の自由を奪った事です。
     しかし、わたくし達がワンパちゃんを引き取る事で、彼女の罪は許され、
     消滅したのです。
     今ごろは、悔い改めているところでしょうか。

 たまき:そんなことないです。ジュディさんはきっとワンパのことが心配で、
     そこら中を探しています。

     絶対に諦めないで。
シスター:そうなると、困りますね・・・。彼女はいまだ罪人ということになります。
     いいですか?ペケさんは取り調べのときに、
     ワンパちゃんの事について警察から、何も聞かれなかったのですよ。
     ・・・与田ジュディは、この事を警察に届けてはいないのです。
     個人で探すよりも、警察に協力してもらった方が、
     早く見つかると考えるのが普通、・・・ではないでしょうか?
     そう思いませんか?

 たまき:それは・・・・。
シスター:なぜ届けないかというと、ワンパちゃんを飼っていたのが違法だからでしょう。
     何か後ろめたいことがなければ、人は警察には頼るものです。
     しかし私達が救った動物達の飼い主は皆、そうはしませんでした。
     違法なのですから、誰一人、警察には届けません。
     要するに与田ジュディも、ワンパちゃんの行方の事などよりも、
     自分の犯した「罪」が発覚するのを恐れているのです。

     ・・・たまきさん、真実から目を背けてはいけません。
     有るが儘を見て、そこから自分のするべき事を見極めるのです。
     頭の良いあなたなら、わかりますよね。
     与田ジュディは、
     ・・・あなたが思っているような良い人間ではありません。


 たまき:・・・・・・・・・・・・。
シスター:話を戻しましょう。
     ワンパちゃんはいずれ、ペットなどと言う不自然な状況から脱却して、
     自然な環境に帰ってもらわなければなりません。
     それが正しい姿なのです。
     ですがそのためには、多少の訓練が必要だと考えております。
     私達があなたに願いしたいお仕事は、ワンパちゃんのお世話です。

     もしも、このお仕事を受け入れていただけるのなら、
     今日からは、このドームに隣接した窓のあるお部屋で、
     寝泊まりしていただくことになります。
     訓練が終われば、あなたの事はちゃんと家まで送り届けますよ。

 たまき:もし・・・イヤだって言ったら?
シスター:私達は、まずワンパちゃんの事を第一に考えています。
     ですからその場合、あなたには、さっきまでいた部屋の戻っていただいて、
     ワンパちゃんのため、かわりに紅蘭さんをお連れしなくてはいけません。

 たまき:・・・紅蘭も誘拐してくるの?
シスター:やむをえません。
     もちろんワンパちゃんの訓練が終わったら、
     紅蘭さんもあなたも無事に家にお帰しします。
     あなたがやるか、紅蘭さんがやるか、です。
     どちらかにやっていただかないと困るのです。

 たまき:・・・・・・・・・・・・。

結局私は、シスターさんの言う通り、ワンパの世話をする事を引き受けました。

わたしがNOと言えば、今度は紅蘭が誘拐されてきてしまうのです。
そんなんことをさせるわけにはいきません。
なんだか紅蘭を人質に取った卑怯なやりかたのように思えましたけど、
でもそれは、全てワンパのためを思っての事みたいですし・・・。

約束通り、窓のあるきれいな部屋にお引っ越しして、
明日からワンパの世話と訓練のお手伝いをします。
・・・これでホントによかったのかなぁ。




たまき:たくさんいろんな事が起こりすぎて、何がなんだか良くわかんないよ。
    ねえワンパ。

ワンパ:ワフゥルフゥ。
たまき:ジュディさん、ワンパの事よりも自分の方が大切なのかな。
    ワンパはジュディさんのところにいるよりも、自然に帰ったほうがいいの?
    それに、・・・ワンパや動物の為になら悪い事でもなんでもしちゃう、
    あのシスターさんて、「いい人」なの?「悪い人」なの?

ワンパ:ワフゥ?
たまき:こんなとき、紅蘭だったらどうするのかなぁ。

ワンパ:ウルルゥ・・・。フゥ。
たまき:・・・なぐさめてくれるの?
    ありがとう、ワンパ。

ワンパ:ワフ。

たまき:・・・ん
    ・・・おうちに帰りたい。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

自分ではどうする事も出来ないまま、こんな事になってしまいました。
なんだか、潮の流れの強い海で泳いでいるみたいです。
ワンパに会えたのは嬉しいけど、
・・・これからどうなっちゃうんだろう。

明日から早起きだそうです。
おやすみなさい。



   
 



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